西音寺について

歴史

 西音寺の歴史は古く、もともとは川島という集落のお堂だったのではないか?

と言われており、お寺として形を成したのは、永禄3年(1560年)に比叡山の僧、正永和上が晋山し堂に涅槃像を設置したことから始まったと言われています。(中興開基)

その当時の出来事でいいますと、世は戦国時代。

織田信長が今川義元を打ち取った、桶狭間の戦いがあった年に創建されたと言われています。

創建当時は天台宗の宗派でしたが、明治の頃に天台宗から独立し、

開祖である真盛上人の名前をとり、天台真盛宗という宗派になりました。

天台宗には三つの派閥の宗派があり、その一つが天台真盛宗だということです。

天台真盛宗は主に、滋賀、福井、三重に多く、全国的にはあまり知られていない宗派ですが、

比叡山の麓にある総本山の西教寺は、聖徳太子が建立され、明智光秀がお墓に埋葬されている、由緒ある宗派だといえます。

 


 

 本堂

 本尊は阿弥陀如来を本尊とし、

本堂の内陣の装飾は極楽の世界、阿弥陀の教えを表現されています。

また阿弥陀如来の両脇には勢至菩薩と観音菩薩がおり、

この3つの仏像を総称して阿弥陀三尊とも呼ばれていたりします。

さらに内陣大外の蔵には、左に宗派の開祖像、右には地蔵菩薩が鎮座しています。

家の仏壇をより立体的に大きくした形が、本堂の内陣だと思っていただければと思います。

なお、阿弥陀如来は極楽の仏と言われていることから、仏像が置かれている場所は、

極楽浄土がある西の方角になっていたりします。

本堂に入り、仏像に拝むと自然と極楽のある西に拝んでいる形になるということです。

 

●本尊:阿弥陀如来は鎌倉時代(1240年頃)

●地蔵菩薩も鎌倉時代(1300年頃)


 

観音堂

 本堂の隣には観音堂というお堂が、併設されています。

ここには、観音堂という名前のとおり、千手観世音菩薩が置かれています。

またその隣には、火を焚く護摩壇があり、護摩壇正面のには、秘仏の薬師如来が、その両隣には、十二神将が鎮座しています。

この観音堂は、月に一回地域の方が集まるお参りがあります。

そして、年に2回、定期行事として、2月と3月に護摩を焚き、

家族の繁栄、厄払い、健康祈願、五穀繁栄を祈り祈祷を行っております。

なお、祈祷依頼があった場合はその都度、護摩を焚いております。

 

●秘仏:薬師如来は平安時代(1150年頃)


 

十二神将(じゅうにしんしょう)

 観音堂にある十二神将の像。

この十二神将は仏教では守護神的な存在とされ、

主に薬師如来の周りに置かれ、その世界を守る者としてや、

薬師如来を信仰する者を守護したり、手伝いをする役目を持っています。

また十二神将は、その数でお分かりのように、干支と関係があり、

それぞれの頭の上には干支の動物が置かれていたりします。

お参りになられた際は、あなたの干支がのった守護神を探されて見てください。

 

●江戸時代作


 

山門

 旧主要道路を通り、集落に少し入ると右手に山門が見えてきます。

100年以上前からある山門と言われ、都度改修も行われていますが、

当時の宮大工の技が垣間見れる山門となっています。

山門の隣には鐘つき堂跡地、

そしてこちらも樹齢100年以上もあると言われる、松の木がそびえ立っています。

お車でお越しの際は、こちらの山門前のスペースに止めていただきます。

 


 

懐かしいレトロなポンプ

 西音寺の山門をくぐると、ジブリのとなりのトトロに出てきたような、

昔懐かしいレトロなポンプがあります。

このポンプは今でも地下水を汲み上げることができ、

お墓参りなどの水汲みとして、現在でも利用されています。

子供たちはもちろんのこと、

大人も地味にこれを楽しんで使われていたりします。

 


 

お寺の縁側

 木の板が敷き詰められたお寺の縁側。

木の板には、お寺の行事で汚れたシミや傷が、

至る所にあり、その歴史や営みを感じさせてくれます。

縁側の先には、時刻を教える半鐘(はんしょう)、

さらにその奥には、なで仏でお馴染みのビンズルさんがおられます。

体験では、この廊下をお寺の名物、雑巾がけを行っていただいています。


 

江戸時代から叩かれる半鐘

 西音寺の廊下の端には、江戸時代(1716年元日)に西音寺の檀家さんより寄進された半鐘が吊るされています。

この半鐘は今もなお時を超えて、大晦日、正月、お彼岸、法要の時などに叩かれその音を鳴り響かせています。

明治以前のものということで、鐘の中では古く、貴重なものだといえます。

ちなみに江戸幕府で言うと、徳川7代目将軍の徳川家継の時代に作られたものです。

お寺に来られた際は、ぜひ叩かれてみて下さい。


 

ビンズルさん

 お寺の廊下の隅には、賓頭盧尊者像(ビンズルソンジャ像)、通称ビンズルさんが置かれています。

 ビンズルさんは、もともとお釈迦さんの弟子で、昔自分の能力に自惚れて悪さをしたところ、お釈迦さんからお怒りをくらい、外に出されたという変わった仏像です。

 

 今は過去のことを反省し、衆生救済の為に自らの能力を使い、人々の悩みを救われていると言われています。このビンズルさんは撫で仏として慕われており、ご自身の悪いところを撫でると良くなるというご利益があると言われています。ぜひお寺に来た際は撫でられてみて下さい。


 

休憩所

こちらは体験に来られた方の休憩室となり、

こちらに荷物置きや作務衣の着替えをしていただきます。

写真にはのっていませんが、

今では部屋の隅にお寺にまつわる本などや、

滋賀の名品である「大津絵」が飾られています。

体験の合間、ゆっくり過ごしていただければと思います。

 


 

客間

本堂とお寺の庫裏(住居)の間には、

客間があり、こちらでも休憩していただくことができます。

ガラス戸を開けた先には山門があり、

暖かい季節は外から入ってくる心地よい風を感じながら、

過ごしていただければと思います。

 


 

境内の風景

本堂から見た境内の風景です。

左奥には山門があり、正面のお堂は石仏のお地蔵さんが入っており、

お堂裏にあるお墓を守っています。

西音寺のお墓には現在、遺骨が入っておらず、

石墓だけが並んで建てられているといった形態になっています。

昔ながらのお寺の風景を縁側に腰をかけご覧ください。

 


 

境内の風景2

お寺南側の写真です。

ちょうどお墓と本堂の間から見た風景で、

山門からお越しになられた際、

まずこの風景をご覧になられると思います。

写真は夕方で少し薄暗い感じですが、

お寺の南側に広がる田園風景をご覧いただけるかと思います。

1kmほど先まで何もなく、春夏秋は、こちらから生暖かい風が。

冬は雪が降れば一面銀世界となっています。

本堂からもご覧にいただくことができ、写経をする際はこの景色を見ながら書いていただくこともできます。

 


 

西音寺の周辺

西音寺は田んぼと川に挟まれた集落にあります。

集落内には小さな川や水路が複数流れており、

20、30年前までは「かばた」と言われるため池が、

家の中にあり、川島の人たちの生活水として利用されていました。

そんな川島の景観の良さが、

国土交通省に「水の町」と表彰されるほど。

今では「かばた」があるお家は少なくなりましたが、

川島に流れる川に鯉が泳いでいたりと、その名残りを残しています。

 

お寺はそんな川島の集落の外れにあり、道路の脇にひっそりと佇んでいます。

緑と水が豊かなこの集落は、5月ごろになると、あたりの田んぼが瑞々しくなり、

夏を迎える頃には、あたり一面緑が広がっていきます。

秋は稲を刈り収穫した後の、茶色に。

冬は雪が降り、銀世界へと、四季折々の顔を感じることができます。